貝塚クラブ 鬼マネの日記

貝塚クラブは千葉市若葉区のママさんバレーのチームです。 鬼マネは貝塚クラブに入部してもう25年くらい経ちまして、いつの間にかチーム最古参になっておりました。 ブログにはバレー以外に、鬼マネの日々のことや、千葉市の情報など、色んなことをツラツラ書いております。

家庭婦人連盟所属。

千葉市(1ブロック)のチームです。

ブログにはバレー以外に、千葉市の情報など、色んなことをツラツラ書いております。


思ふこと 『生きること、死ぬこと』その1

鬼マネが遺品整理の仕事に就いて、1年経とうとしております。
生きることは考えても、死ぬことは考えないでいられた毎日から、死ぬことを考えないで済むことができない毎日に変わりました。
仕事なので、できるだけ深くは考えないようにしていますが、それでも思うことがあります。
それを書いていこうかなと思い、その1のタイトルにしました。^^

鬼マネの会社のAGOTは遺品整理だけでなく、特殊清掃もします。
特殊清掃って何?となる人もいるかと思いますが、孤独死して発見が遅れ、腐敗が進んだ状態になったお部屋を清掃するというお仕事でございます。
エグい話しになりますが、鬼マネたち特殊清掃業者が呼ばれるということは、遺族ではどうにもならない状態になっているということで、どうにもならないってどんなよ?と言うと、臭いもすごかったり、体液が部屋にひろがってたり、腐ってるってことなので、虫も発生してるという、まあとにかく慣れてる鬼マネたちはともかく、普通の人なら近寄ることもままならない状態だってことになります。
ちなみに良く間違われるのですが、鬼マネたち業者は、ご遺体を見ることはありません。
孤独死の場合、ご遺体は警察が回収しますので。

近年は、高齢の方もひとり暮らししている場合が多く、孤独死も増加傾向にあると言います。
加えて、夏の暑さが年々厳しくなっていて、クーラーが苦手な高齢の方がとても多く、熱中症で亡くなられるケースも増加傾向です。
暑いんだから我慢しないでクーラーつければいいのに、と思いますが、高齢者は暑さに鈍感というか、寒さは敏感に感じても、死に至るような暑さでも、実際に感じてる体感温度がかなり違うようなのでございます。
ご家族が「あんなにクーラーつけろと言ったのに聞いてもらえなかったんです。」というのをわんさか聞きました。

孤独死の現場は、時間が止まっています。
死ぬ瞬間までそこに居たはずで、その人の最期の瞬間が刻まれています。
「苦しかったんだろうな。」「誰かに助けてもらいたかったのかもしれないな。」
そういうことを考えなくもないのですが、鬼マネは思考回路を遮断します。
正直、仕事なので、そんなことを考えるより、どうやって作業しようかとか、そういうことに意識が集中するからなのですが、それでもふっと思う時はあります。

先日作業した方は、亡くなって何週間も経って、マンションだったので、近隣の方から臭いやウジ虫が共有通路にまで出てきていて、それで警察を呼んで発見されたそうです。
孤独死でしたが、そのお部屋は時間が止まったまま、何年も経っているような、そんな感じでした。
依頼は大家さんからで、その時は遺族が見つからないとのことでしたが、何日か経って、ご兄弟がいたとのこと。
もう長いこと連絡も絶っていて、どこでどう暮らしているかも知らなかったと言われました。
特殊清掃の後、遺品整理もすることになって、お部屋に残された書類や写真、生前の生活がわかるようなものを全て送って欲しいと言われたので、仕分けして昨日それらを整理する作業をひとりでやりました。
だからなのですが、亡くなった方が元気に仕事していたころ、多くの知人、友人と年賀状や手紙、お中元やお歳暮のやり取りをしていた頃、先に亡くなったと思われる奥様と海外に旅行に行ったりしていた頃、そして、孤独死するまでに何があって、どんな暮らしをしていたのかも、少しだけ見えてきました。
最初に入った時から、作業の手を止めて見回してしまったのですが、そのくらい違和感があるお部屋でした。
生きることを止めてしまう何かがあったのだと思います。
それも何年も前から。

翌日やはり特殊清掃で行ったお部屋も、時間が止まっていました。
最期の瞬間だけが刻まれた部屋。
可哀想とは思わないようにしてます。
鬼マネは、怖いとかそういうことも全く感じないし、変な話しですが、霊感とかも全くないし、もし幽霊とかがいるとしても、誰も近寄れないくらいひどい部屋をきれいにしてあげてるんだから、感謝されても取り憑こうとするなんてあり得ないと思っております。(笑)
どんな生き方をして結果どんな死に方をしても、それは自己責任なんだと鬼マネは思います。
もちろん残されて、これからも生きていく人は、思うことあると思います。
そこに答えはないと思うので、鬼マネは考えないです。
ただこの仕事に就いて、死ぬには支度が必要なんだと思っております。
お葬式で「最後にお別れしてあげて下さい。」と、棺桶の蓋を開けてもらって顔を見てもらえる死に方ができるとは限らない。
病院や家で家族に看取られながら死んでいける人は、そうは多くないんだというのを知りました。

死に方は、生き方なんだなあと、そう思ふのでございます。