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貝塚クラブ 鬼マネの日記

千葉市若葉区で活動するママさんバレーチーム、貝塚クラブのブログです。

家庭婦人連盟所属。

千葉市(1ブロック)のチームです。

ブログにはバレー以外に、千葉市の情報など、色んなことをツラツラ書いております。


お別れ

2月10日、午前6時50分、長いお付き合いだった小島恵理さんが亡くなりました。
享年53歳。
ガンだったそうです。
昨日、告別式に行き、永遠のお別れをしてきました。

恵理ちゃんとは、杏里ファミリーに参加した最初からのお付き合い。
当時私は22歳か23歳、恵理ちゃんは私より3歳お姉さんです。
私が杏里のスタイリストとしてツアーに参加する少し前に、恵理ちゃんもコーラスで参加してたそうです。

再会したのは、2011年。
恵理ちゃんがボーカルを務めるジャジールというバンドのライブのヘア・メイクを頼まれました。
そのジャジールに、なんと元貝塚クラブのよっしーさんの息子さんのよっしーが参加していて、キャプテン会議の時に、「ねえねえ、小島恵理さんって知ってる?」と聞かれたんですね。
なんたる縁、なんたるつながり。
それで途切れてた恵理ちゃんとの縁がつながって、また始まったわけです。

ああ、その前にライブハウスにソロライブ見に行ったんだっけか。
よっしーさんとライブにも行ったしな。
まさかこんなに早く終わりがくるなんて思ってもいなかったから、何が始まりで、どれが次だったかなんて、辿ろうともしなかったから、記憶が少し曖昧です。

これは恵理ちゃんのCDのジャケ写の撮影もお願いされて、みっちーをアシスタントに連れて行った時の写真です。

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恵理ちゃんは自分の撮影の時も、私やスタッフに「いいからー!」って言うくらい気遣ってる人でした。
自分のコンセプトやプランもきっちりあるけど、そういうのをしっかり伝えたらあとはまな板の鯉状態というか、「以上!あとよろしく!」って感じで、お任せしてくれる人。
ああ、そういえば、初めてライブ見に行って、久しぶりに再会した時、つけまつげを逆さまの向きでつけてて、私はそれが気になってしょうがなくって、会話もそこそこに「恵理ちゃん、つけまつげ逆につけてるよ?」ってなって、爆笑したんだった。
そういう人。
チャーミングな人。
黙ってすましてればものすごい綺麗な人なのに、いきなり男前になるし、はたまたものすごいドジだし。
で、時々すごく儚くて、年下の私でも守ってあげたくなるようなことあったっけ。

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恵理ちゃんと最後に仕事したのは、2013年10月。
ソロライブのヘア・メークやりました。
この時だったと思うけど、シエナちゃんとステージで母娘共演して、裏では私とみっちーが共同作業して、「表と裏で親子共演だねえ。」なんて話してました。
でも、ほんとに私はみっちーとヘア・メークの仕事をするのが楽しかったし、そんな機会を作ってくれた恵理ちゃんに感謝してました。
恵理ちゃん本人に、その気持ちをちゃんと伝えることはできてません。
だって、また次があると思ってたから。

Facebookで恵理ちゃんの歌の生徒さんや関わりがあった人たちが、恵理ちゃんへの感謝を書いてるけれど、私もその一人です。
今考えると不思議だけど、杏里ファミリーでは私はスタイリストだったので、ヘア・メークの方の仕事の依頼をされるっていうのは、本来ならあり得ないこと。
ヘア・メークが本業ではあるから、自分では「なんで?」とはあんまり思わずに引き受けてたけど、恵理ちゃんは私にメークされたことも髪をいじられたこともなかったはずだから。
最初の一歩のチャンスをあっさりくれるって、多分恵理ちゃんだからできたことなんだろうなあと思ってたりします。

恵理ちゃんはみっちーにもチャンスをくれてて、ジャジールのライブのヘア・メークは未愛ちゃんにやらせてみないか?って言ってくれたんですね。
美容学校出たものの、そっちの道には進めないでいた未愛にやらせてくれるなんて、恵理ちゃんだからこそだったなあと。
それからライブの日まで、みっちーは毎日家でウィッグで練習しては写真送ってきたり、「こうするにはどうやればいいの?」ってアドバイス求められたりして、それもほんとにうれしかったな~。
そんな時間をくれた恵理ちゃんに、ほんとに感謝です。
みっちーはその後すぐ、今の美容室に就職決まり、今は美容の道に進んでくれてるけど、その一歩目を踏み出させてくれたのも、恵理ちゃんの思い切った提案がきっかけだったと思うのです。

告別式で再会した恵理ちゃんは、私が知ってる恵理ちゃんじゃなくて、そんなの当たり前なんだけど、でも「こんなの恵理ちゃんじゃないよ。」と、そう思ってしまいました。
恵理ちゃんはいつも元気で、笑顔が素敵で、英語ベラベラしゃべって、優しくて透き通る声で歌ってたかと思ったら、男前なMCするファンキーなシンガーで。
止まってる恵理ちゃんはもう恵理ちゃんじゃないし、なんて思ってました。

今まで何度か人の死に向き合って、それで思ってるのは、死は残された人には残酷で絶対的な終わりだってこと。
生きてる時に何かをどんなに思ってても、終わってからでは何も伝えられないわけで、ほんとにほんとに心から思うことがいくらあっても、その人には何にも伝えられなくて、どんなに叫ぶように繰り返しても、その声は虚しく自分の中で繰り返されるだけで、どこにも行き場をなくしてしまうってこと。
だからあとできることは、その人を忘れないで生きることだけなんだなあって、そう思うようになりました。

告別式の最後で達也さん(恵理ちゃんのパートナー)が、「恵理を忘れないでください。」って、そう言ってて、誰かが「いい人で記憶されてたら、死んだら忘れられちゃう。嫌な奴だったら忘れないかもしれない。」って冗談で言ってたのを思い出してました。
だとしたら、恵理ちゃんも、「こんなメークじゃなくて!」とか「この髪形私に似合ってないー。」とか言って、困らせてくれてれば良かったのに・・・とか思っちゃいます。
でも残念ながらというのか、恵理ちゃんは「安心して任せられるから、精神的にすごく楽だった、ありがとう。」って、ヘア・メーク冥利に尽きる最上級の誉め言葉をくれたのが最後になってしまいました。
でもまあ、何枚か残ってる恵理ちゃんの写真を見てると、告別式で見てきたものの方を忘れてしまいそうです。
忘れて、またいつかひょっこり仕事の依頼をされるんだろうって、そういう感覚を残したままのほうがいいです。

「並木ちゃん、並木ちゃん、うんうん、これどう?これこれ。」
少し早口で、鏡の前にいっぱいいろんなもの広げてる恵理ちゃん。
天国でも色んな人の世話ばっかりしてるんだろうな。
まだ早いよ。死んじゃうなんて。