貝塚クラブ 鬼マネの日記

貝塚クラブは千葉市若葉区のママさんバレーのチームです。 鬼マネは貝塚クラブに入部してもう25年くらい経ちまして、いつの間にかチーム最古参になっておりました。 ブログにはバレー以外に、鬼マネの日々のことや、千葉市の情報など、色んなことをツラツラ書いております。

家庭婦人連盟所属。

千葉市(1ブロック)のチームです。

ブログにはバレー以外に、千葉市の情報など、色んなことをツラツラ書いております。


冬季大会終わったなり・・・。


昨日は冬季大会千葉県ベスト32からの試合でございました。
ベスト8に残り、10月8日の決勝に残ったチームは、

  • レミークラブ
  • MKC
  • かつしかクラブ
  • みねだい
  • 柏八小クラブ
  • RABBITS
  • 習志野台
  • 花園クラブ

でございました。(多分あってると思うんだけど。)


貝塚クラブはといいますと。
最初のポプラにフルセットやって勝ったけど、次のMKCに惨敗しまして、ベスト16入りで終わりました。
ってことは、結局、夏は制したのか?ということですが。


体力は多少ついたかもしれないけれど、貝塚に必要だったのは、それだけじゃなくて、実はもっとも足りてなかったのは、


集中力だった。


らしいです。チーン。


だってねえ、相変わらず3セットやるの好きだし、(好きじゃないけど)チーム全員で同じ状態に陥るし、リードして貯金作ってもすぐ解約するし。
まあそれでも、この大会、3セットやったら負けなかったですわ。
それだけは進化したとこじゃないでしょうかね。


←ちびっここばこばとぶちょー


ポプラ戦は、やっぱりまたもやしんどい試合でございました。
1セット目はサーブポイントも多かったんですけど、ミスも多かったんですね。
まあそれでも、攻めてたし、ずーっと競った状態で、最後逃げ切ったのは前の貝塚にはなかったことなので、良かったんじゃないかと思うんです。
1セット目は21−19でした。
2セット目は落としたんですけど、このセット、1セット目であんなにサーブ良かったのに、みんなしてサーブミスしてたんですね。
なーんでですかねえ?貝塚ってのは。
普段あんまりサーブミスしない、HIROや柳までやってましたから。
後半、勝ちを意識し過ぎて、守りに入っちゃったので、声も出なくなってたし、立て直せずに落としちゃいました。
3セット目はなんとか気持ちは仕切りなおしできたので、元気出して頑張りましたが、まーしんどかったですわ。
まあでも、相手の何番だったか、すげーいいサーブ打つ人が居て、その人にサーブポイントだけで6点くらい取られてたのを、逆転したのも進化したところじゃないでしょうかね。
でもあんまり必死で、何がどうしてどう勝ったのか、覚えてないです。
終わって見ててくれた千城台クラブの人たちに聞いたら、いい試合だったって言ってもらいましたけど、見てた人もハラハラしたそうです。
コートの中じゃ命カラガラ状態ですけど、外にもそれってそう見えるもんなのかってのがいつも疑問でしたが、同じなんですねえ。(笑)


←今回はHIROがセッター


今回、前回の試合で捻挫したバズが欠席で、前回休んだHIROが居たので、フォーメーションが違ってて、バックも鬼マネがハーフライト(途中でバックライトになったり、また戻ったりしてたけど。)だったりしたのですが、県大会レベルだと前が3枚ってのはやっぱり歩が悪かったりします。
セミもビシバシ打ってくるチームがほとんどですからねー。
MKCはレフトが早くて強打なので、それについていけなかった感じです。
このところ早い攻撃のチームと対戦してなかったなーと、始まってすぐ思い出しましたけど、時すでに遅しって感じですか。(笑)
2試合目はいいことなしでした。
大差で負けましたから。


←負けてがっかりしてるふりしてるおやつ


←こっちもがっかりしてるふりしてるいのっち


でも予選のときと違って、2日目になるとどの対戦も白熱してました。
Aコートの若松、レミー戦なんか、最後はエースの一騎打ちみたいになってて、フルセットだし、最後はジュースだったし。
レミーは完全復活ですねー。
若返ってたし。
隣でやってたみねだいと黄泉のWARABI戦も、貝塚の試合より早く始まってたのに、終わったのはほとんど同じくらいの長い試合やってましたっけ。
こっちも最後はジュース、ジュースのすごい試合だったそうです。


次は10月26日の秋季大会。
これは何が何でも勝って、県大会につなげようと思いますです。


そういえば。
2試合目の前に、またまたとんちんかんなことしてたのが馬女キャプテンでございました。
オーダー用紙のたばを入れた袋がなくなったと、大探ししてたんですね。
あっちうろうろ、こっちうろうろ。
とにかく探してる。
「ないなー、どこやったっけなー。」
とりあえずみんなして「あそこは?」「ここは?」と言うんだけど、すでにもう探した後でなかったと言うんですね。
落し物で届いたら教えてくださいと、本部にもたのんであったけど、出てこない。
次の大会のときに困るからって、新しいのを買ったりしておりました。


←買いましたー!な顔の馬女キャプテン


それでもまだ「どうしたっけなー。」とやってる。
でも鬼マネは言ってたんです。
1試合目終わった後からずーっと探してましたのでね。<馬女キャプテン。


「ああやってボケてるときは調子いいんだよ、あの人(馬女キャプテン)は。」


だってさ。
今の部員のほとんどは当時まだ居なかったので知らないと思いますが、馬女キャプテンは貝塚に入部した頃からボケてたんですから。(爆)
入部して初めての試合の朝、馬女キャプテンが何言ってたかってのは、鬼マネは10年以上経った今でも忘れてませんよ。
朝来て、ぼーっとしてて、待ってる間に寝てたかと思ったら、起き抜けに、


沖田浩之、死んじゃったねー。」


って言ったんですから。
これ、何度も部員にも語ってますけどね。
馬女キャプテンの貝塚クラブ入部ってのは、まさに鳴り物入りだったんですよ。
ママが何年もかけて口説いて、やーっと入ってくれたんですから。
それだって、練習にも飲み会が重なるとそっち選ばれちゃったりして、全然やる気なさそうだし、当時貝塚は超弱小チームだったし、当時の部員たちは腫れ物に触る勢いだったわけですよ。
まだ馬女キャプテンと鬼マネだって、まともにしゃべったこともなかったんじゃないでしょうかね。
そんな人だったから、一挙手一投足を見てる状態だっつーのに、やっと何か言ったと思ったら、


沖田浩之、死んじゃったねー。」


だったわけですよ。
それで思ったんですね、鬼マネは。


じつはこの人、ただの天然なんぢゃねーのか?


このとき浮かんだ疑問は、その後ほどなく証明されていったわけで、10年も経った今となっては、このボケ状態もスルーですよ。
(ちなみにこの強烈なひとことのおかげで、馬女キャプテンの貝塚クラブ入部は、沖田浩之が自殺した年をウィキれば判明するわけです。1999年です。)
でもまだ良くわかってない部員たちは、一緒になって心配そうに探してあげたりするわけですね。
だから教えてあげました。


「見ててみな、その辺にあるから。」
どうだったかって?


←「あー!うそー!」


馬女キャプテンが座ってたいすの下にありました。
見つけたのは鬼マネですけどね。
ま、そんなことだと思ってたんで。
そんな人です、馬女キャプテンってのは。


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