貝塚クラブ 鬼マネの日記

千葉市若葉区で活動するママさんバレーチーム、貝塚クラブのブログです。

家庭婦人連盟所属。

千葉市(1ブロック)のチームです。

ブログにはバレー以外に、千葉市の情報など、色んなことをツラツラ書いております。


貝塚ジュニアたちの成長記録 よっしーさん編


先週末、ライヴに行って来ました。
話せば長い、偶然のつながり。(笑)

貝塚の元部員よっしーさん(現磯辺クラブ)のご子息、吉野ユーヤ氏と、鬼マネが杏里の専属だったころのバックコーラス、小島恵理ちゃんが、同じバンドで活動することになったことが、そもそもの偶然の始まり。
ユーヤ氏が、母と会話のない親子関係なら、ここで偶然の糸は切れてたし、鬼マネとよっしーさんが、昔の仕事の話しをしてなかったら、やっぱりここで糸は切れてたはず。
ユーヤ氏がよっしーさんに、「おかんのチームに杏里の仕事してたっていう人、いなかったっけ?今オレ、一緒に仕事してるんだよ。」みたいな会話をしたことで、「あらまあ!聞いてみないとねえ?」となったんだそうです。

それも去年だかおととしだかの話し。
よっしーさんは鬼マネと大会会場なんかで会ってても、なかなかその話しができてなかったらしく。
たまたま春のキャプテン会議で、鬼マネもよっしーさんも出席して、そこで「あ!そういえば!」と、話題になったわけです。
これも、鬼マネが仕事辞めてなかったら、キャプテン会議にも行ってなかったし、バンド結成の話しも、ライヴをやるって話しも、そのタイミングだったから盛り上がってたけど、時期を外してたら、「ああ、そうなんだ〜。」で終わってたかもしれなかった話し。
よっしーさんとも話したけど、「ほんと、すごい偶然が重なったよねー!」ってことだったんですね。
鬼マネと恵理ちゃんが、当時すごく仲良かったってことも、偶然のひとつだもの。
杏里バンドで一緒に仕事した人の中でも、ほとんど話してなかった人もいますからね。


で、今回恵理ちゃんから、そのバンドの衣裳を相談されて、ライヴへお誘いがあったので、よっしーさんと一緒に行くことにしたんですわ。
(前回は恵理ちゃんだけのライヴでしたが、今回はユーヤ氏と一緒のバンドのライヴだったので。)
ライヴの帰り、おばさんふたりで興奮しながら、おしゃべりは盛り上がりました。(笑)
ハードロックをジャズのアレンジにした曲なので、やや激しい曲調だったのですが、ユーヤ氏の激しめのライヴパフォーマンスは、初めて見たというよっしーさん。
「自分の子じゃないみたいだったー。」
いやあ、ユーヤ氏、かなりなもんだと鬼マネも驚きました。


でも聞いてたら、よっしーさん夫妻は、夫婦揃ってバレーボールプレーヤーなので、ユーヤ氏の音楽の才能は理解できなかったんだそうです。
幼稚園のエレクトーン教室に入りたい!と言い出したのはユーヤ氏のほう。
それからはずーっとユーヤ氏がやりたいと言うから、「ああそう?」って感じだったそうです。
パパコフ(よっしーさんのダンナ様のこと。ノブコフと同じくらいデカイので、貝塚時代に鬼マネが命名しました。)のDNAを見事に受け継いだユーヤ氏は、190センチ超えでレフティーという、バレーボーラーにはもってこいの身体。
一応中・高校はバレーやったんだそうです。
「でもあれって、私たちに気を使ってやってたんだと思うのよねー。」
キーボードプレーヤーとバレーはもっとも相性が悪い組み合わせですのでねー。(笑)


話しはユーヤ氏の元々持ってたであろう感性を匂わせる事実にまで飛び。
「あのさー!気づいてやんなさいよー!小さい時から普通の子じゃないじゃないのさー!それってー!」
と、鬼マネもよっしーさんもゲラゲラ笑ってしまいました。
さすが元貝塚部員、よっしーさんもやたらとんちんかんです。
天才は親の無理解と放任から生まれるんだという結論。(爆)
まあでも、よっしーさんちは、夫婦もすごく仲いいし、家族で仲いいので、そういう家庭のいい雰囲気が、子供たちの感性を育てたんだろうと、鬼マネは思いますです。


バンド名はJazzeal(ジャジール)。
60〜70年代ハードロックの名曲をJazz styleで甦らせるのがこのバンドのコンセプト。
ロックファンもジャズファンも楽しめるアレンジになってます。
ユーヤ氏はピアノ&キーボード担当。
個人での活動も順調で、またアニメの主題歌の仕事が決まったそうです。
馬女キャプテンのご子息も、Jリーガー(京都サンガ所属)ですしね、これからも貝塚ジュニアたちの成長は、目が離せませんです。