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貝塚クラブ 鬼マネの日記

千葉市若葉区で活動するママさんバレーチーム、貝塚クラブのブログです。

家庭婦人連盟所属。

千葉市(1ブロック)のチームです。

ブログにはバレー以外に、千葉市の情報など、色んなことをツラツラ書いております。


寂聴さんが言うことにゃ


『どーも☆キニナル!』を見てたら、瀬戸内寂聴さんが出てたので、注目(ちゅうもーく!と詠んでください。)してしまいました。
あんまり説教じみたことを言うこのテの方はニガテだったりするのですが、寂聴さんはなんとなく好きだったりします。
押し付けがましくないからですかねえ。
で、最後に「できると信じることです。」みたいなことを言っておりました。
これ、鬼マネがかなりハマってる稲盛和夫氏も良く言ってるし、思考は現実化する、とかってタイトルの本もあった気がします。(多分かつて読んだと思うんだけど、記憶は曖昧。)
稲盛氏は、体のどこを切っても金太郎飴のように出てくるくらい、強く願うことで、思いは現実になる、みたいなことを言ってたと思います。(どうもしっかり覚えない鬼マネ。)


最近なぜか人に進路とか仕事の方向性みたいな内容の相談事をされております。
自分が決まってないのに、人に相談されるってのも「おかしなもんじゃのー。」と思ってるのですが、鬼マネが進んできた道に近いからとか、実際に進んできたからってことらしいので、思い出話しとして話してあげております。
それで「おや?」と思ってるのですが、自分で行こう!と決めたときって、迷いはゼロだったんですね。
ヘア・メークの道に進もうと決めたのは、19歳のときでしたが、あの時も今もさほど現実的なことは変わってなかったりして、非常に狭き門であり、当時鬼父が鬼マネに放った言葉を流用させてもらえば、『海のものとも山のものとも知れねー仕事』だったりするわけです。(これは未だにわすれることのできない鬼父の名言だったと鬼マネは思っておりますが。)
でも自分は絶対できると信じて疑ってなかったんですね。
メークの学校に通うようになって、生徒同士で良からぬ噂を仕入れては、みんなにひそひそ語ってるやつや、それ聞いてどよよーんと不安になりまくってるやつを見ては、「私はあんたらとは違う、私はみんなダメでも絶対いける!」と思ってたんですね。
今思うとかなりやなやつですが、他の生徒はそんなことばっかり言ってるので、交流はまったくしなかったです。(笑)
でも順調に進めたわけではなかったんだけど、不思議に一度も「だめかも?」とは思わなかったんですね。
途中仕事がなくなって、「どうしよう!」と思ったことも一度もなかったと思います。
でも今になって「ほんとにそうだったの?」と思い出してみるのですが、多分あっても不安に感じたり、もしかして・・・と後ろ向きに考えなかっただけなのかもしれないと思ったりしてます。
だから記憶に残ってないんじゃないかって。
なので、寂聴さんの話し聞いて、できると信じることって言うのは、「できる、できる!私はできる!」と言い聞かせるってことではなく、ただただ自分にできることを精一杯やることで、考えてる暇がなくなるってことなのかもなーと思いました。
そういう意味では、このところ鬼マネはちょっと思い違いをしてたかもしれないなと。


キャバセットの現場で一緒になったヘア・メークさんとして仕事してる人たちには、「どうやって仕事とったんですか?」「営業ってしました?」って聞かれました。
この質問にもちゃんと答えてあげないとと思って、思い出してみたのですが、鬼マネは営業して仕事もらったことなくて、仕事をとったっていうより、始めたときからずーっとなんだかんだでつながっていったって感じだったので、
「ラッキーだったんだよねー。」としか答えられなかったんですね。
でも話してて、その仕事をつなげるってことができないで苦労してるみたいでした。
「きた仕事は断らないことと、仕事が来たときは内容とかギャラとかで選んだり判断したりしないことだと思うんだけど、そんなの当たり前か。」って言ったら激しく同意はされたんですけどね。
でも話してたら、「雑誌ってギャラ安いんですよね。」とか「こういう仕事きたんだけど、ギャラが安いのにカット数がメッチャ多くてやってられないなーって断っちゃった。」とか言ってる。
うーん、どうなの?って思っちゃいましたね。
鬼マネは、ギャラの交渉を先にしたことがなかったんです。
スケジュールで先に入ってれば調整してもらったり、どうしてもダメなときはごめんなさいすることはあっても、ギャラでお断りしたことは一度もなかったです。
ギャラは少なくても、お世話になった人からの依頼だったり、面白そうな仕事ならOKしてました。
ただノーギャラというのだけは理由を話してお断りしました。
プロとして仕事している以上は、お仕事として引き受けたいので、依頼する以上は予算を組むべきだと考えてましたし、ギャラがないというのは仕事ではないと思うので。
もちろん自分の仕事にはこれだけの価値がある、とギャラの交渉からスタートさせる人もいるし、それも大事なことだと思います。
そうやって思い出してみてるうちに、鬼マネには鬼マネの信念みたいなのがちゃんとあったんだなーと思ったりして。
稲盛氏の本には、信念についても多く書かれてたりします。


寂聴さんにせよ、稲盛氏にせよ、大きなものを掴んだ人たちの辿り着く先は、みんな同じなのかもしれないなーと、そこなんだろうなーと、ぼんやりではありますが、感じてたりする今日このごろでございます。